( 引き続きマイク入力です )
人が好きと宣言する私
具体的にどんな要素へ惹かれるか
一言でいえば、人間臭いものが好きなんです
例えば、言葉は最も人間らしいと感じる要素の1つでもあって
その理由は一番のコミュニケーションの手段だからです
私たちは言葉なくして自分や他人の気持ちを知ることができません
直接的でも、間接的でも言葉は欠かせない情報の術ということ
恐らく遥か昔のご先祖様は
人類(正しくは霊長類?)が生き抜くための最善手段として
言葉を発達させていく必要があったのでしょう
世界には約6900の言語があるとされているそう
ところで、言葉と近しい存在の文字は
そのうちの400ぐらいしかないのだという
民族や歴史、文化が多様にあれど
どの人々にも一様に、言葉はコミニュケーションとして存在している
つまりは、人類にとって見えない身体の一部なのである
私は言葉の存在がとにかく大好きというか
気づいたら山ほど頭に残っていることもしばしば
誰かが不意に言い放ったこと、自分が何気なくぼやいたこと
ふと気に止まると、iPhoneのメモに走り書くように記録している
実はこの溜まりに溜まった走り書きがから
作品や展示会のタイトル、テーマを用いることがほとんど
ただ、言葉が大好きという一方で、私は本を読むことが大の苦手である
例えば、小学校の読書感想文
自慢じゃないけれど1度も本を完読したことがないし、できなかった
36歳にもなって、人生で読み切れた本はたったの数本しかない
ハリー・ポッターの1〜3、
池袋ウエストゲートパーク スープの回
その数本はなぜ完読できたのかというと
予め本のストーリーや展開、起こされた映像を知っていたから
そう、映像から先に知って、後で本を読むという流れ
私が難読症に該当しないと思う理由は、
参考書、旅行誌のように
勉強のためになら読むことができるから
英語、心理学、地球の歩き方 などなど
だから全く本に向かえないというわけではないし、
文面から映像を容易に想像できるのなら特に問題はない
時々、お客様からインスタやブログの言葉を褒めていただくことがあって
恐縮ながら胸に届くことの喜びを感じています
じゃぁ私の言葉のインプットはどこから来るのかというと
自分の耳で直に聞いた言葉
つまりは体験ですね それに尽きます
何の話でしたっけ、、、
人に恋い焦がれる理由でしたね
人間臭いもの
見えないものに縋る生き物だから
photo / 大阪・wad cafeさんにて
感性がビンビンに刺激され至福のひと時でした